2009年8月30日日曜日

Levi's Vintage Clothing 1915-501Rigid 米製コーンミルズコラボ




[DOSHABURI Online store]
http://doshaburi.shop.multilingualcart.com/















2009AW 1915 Conemills Collaborationのリジッドが入荷しています。当時の力織機をミュージアムから持ち出し作ったというだけあって、生地の目をみるだけで、確実で純血、正統な縦落ちが約束されていることがうかがい知れる生地!もちろん、染めに使われる顔料、糸の撚りまで徹底的に作り上げた生地ということなので、個人的に期待は大です!
もちろんコーン社製1915年といえば、29インチ幅の9オンスデニム、コーンミルズ社に残る資料を基に、ノースカロライナ州 グリーンスボロのホワイトオークコットンミルズ使われていたレシピを基に完成した生地になります。
ご存知のとおり、過去にもリーバイスはコーンミルズ社の生地を使ってレプリカジーンズを作っていますが、この商品に使われている生地は、リーバイスの歴史資料ではなく、当然コーンミルズ社が所有する歴史資料からの作られたものになります。もともとコーンミルズという社名は総合商社的な名称で、1948年にそれまで複数あった会社をひとつにまとめた社名になります。
当時、リーバイスにデニムを供給していた会社の正式名称は“ホワイトオークコットンミルズ社(white oak cotton mills)”、そして1915年はホワイトオークコットンミルズ社製の生地をリーバイス社が使い始めた年。このモデルは、リーバイスとコーンミルズ(現コーンデニム社)との提携のスタート年に記念モデルになります。



ご存知のとおり、今現在コーンデニム社はアメリカ最大の紡績会社であり、プリントなども手がける大手、W.L. Ross & Co傘下にあり、コーンミルズからコーンデニムへと社名を変更しています。ミルズ(紡績会社)からデニムへの変更は、個人的には仮にクラボウ(倉敷紡績)が倉敷デニムなどと社名を変更するぐらい、センスのない話だと思っています。まったくもって偉い人の考えるマーケティングというものは理解できません。とりあえず、この商品に関してはコーンミルズコラボというネーミングがついているだけありがたいと思っています。仮にコーンデニムコラボだったら、ちょっとイヤだったかも。



コーンミルズは、リーバイスに生地を供給する会社として、知らない方はいらっしゃらないと思いますが、意外と、コーンミルズってどんな会社?と聞かれるとわからない方も多いと思います。創始者で初代CEO(そんな言葉が当時あったとは思えませんが、とあえてそう呼んでみます)はモーゼス・コーン、リーバイス社のリーバイ・ストラウスを“富豪”と称する場合、彼は“大大富豪”というのが正しいと思います。3600エーカー(1エーカー4046.856 m2x3600で1456万861平方メートル、坪で441万4751.8坪)の敷地を持ち、この名前をGoogleに日本語で入れるだけでも、モーゼス・コーン記念病院、モーゼス・コーン国立公園、モーゼスコーン湖、モーゼスコーングリーンズバラ保健制度、って、いったいこの人は…



コーンミルズの歴史は1895年、 モーゼス・ハーマンコーン(Moses Herman Cone 1857-1908), シーザーコーン (Ceasar Cone1859-1917),の兄弟によって作られた、プロキシミティー コットン ミルズ(Proximity Cotton Mills)から始まります。さらにこの会社のルーツは、バーバリア(当時のバイエルン王国、現ドイツ、バイエルン州)出身のユダヤ人で、彼らの父親であるハーマン・カーン(Herman Kahn 1828-1897)が1876年 に開いた“H. Cone & Sons”という食品卸業をしていた会社まで遡ります。もともとドイツ系ユダヤ人だったKahn(カーン)は、1845年に英語で発音しややすいように苗字を“Cone”(コ【カ】ーン)と改名し、後にアメリカ テネシー州 ジョーンズボロで計13人の子供中7人(7人の中には、有名な美術収集家にして、画家マチスのコレクターとして知られるクラリベルとエッタ・コーンも含まれます)の兄弟が生まれ、当然ですが“コーン”の姓を名乗りました。それが、後に生地帝国を作り上げる“コーンミルズ”の由来です。
H. Cone & Sonsはメリーランド州ボルチモアをベースとする会社で、名前からもわかるように、コーン兄弟は10代のころから父の持つ店を手伝っていました。事業は順調で1876年からは食品だけではなくタバコや革製品なども取り扱いまじめます。コーン兄弟は、当時 "drummers"と呼ばれたトラベルセールスマンとして各州を飛び回りはじめ、父の会社の販売する食品のオーダーを取っていました。彼らは、この際に南部での生地産業に触れるチャンスを得ます。
1887年、2人は50,000ドルを C. E. グラハム氏の持つC. E. Graham Manufacturing Companyというノースカロライナ州アシュビルの製造会社に投資しパートナーとなります。
1888年には同じくノースカロライナSalisburyのSalisbury Cotton Mills およびGibsonvilleのMinneola Manufacturing Comanyという格子縞生地の会社にも資金を投資しています。これらの工場は、すべて時代遅れの機械を使い、ザラザラの格子縞や敷布を生産していました。安いがために売れ行きは好調でしたが、北部での近代的かつ上質な生地も競合として意識せざるを得ませんでした。モーゼスはいち早く、現地代理店の必要性を見抜き、投資先のビジネスパートナーおよび他の南部の工場主たちに多角化を説得し始めます。コーン兄弟はメイン製品となるブランド名の命名と製品保障をオーナーたちから任されます。この過程で売り上げはさらに伸び、1890年までには全体約50の内38のオーナーが代理店を持ち北部市場参入することにより利益を上げています。
1890にはCone Export & Commission Companyをニューヨーク設立し、初代社長にはモーゼスが就任します。代理店業を本格化していくことによって、兄弟はグリーンボロの多数の企業とも親密になり、倉庫とフィニッシングの会社、その名も(まんま)“Southern Finishing & Warehouse Company”を町の北東部に作ります。フィニッシングとは“洗い”、“研磨”、“漂白”、“乾燥”などの最後の工程として行うことです。
さらに1893年にはデニム工場の建設を見込みことによって、 C. E. グラハムの代表権を引継ぎます。町は新しいデニム産業の喜ばしい空気に包まれ、Odell Hardware CompanyのジェームスAオーデル氏は "やつらの燕尾服の尻尾をシッカリつかんどきな、どっかにいっちまわないようにな”と嘯いたといいます。
1895年にはついにピエドモモントコットン畑のすぐ近くにProximity Cotton Millsを設立、初代社長にはシーザーが就任し、本格的にデニム作りが始まります。
1896年、巨大な力織機が最初の生地ロールを吐き出したとき、シーザーは、この頑丈な生地は作業着用として使える、そしてその後の拡大され、工業化されるアメリカに常に求められるものになるだろう、と確信します。ちなみにProximity(近い) Cotton Millsの名前の由来は(まんま)コットン畑に近かったこと、運送用の線路が近かったこと、在庫を保管する倉庫に近かったこと、からだといいます。
そして、1898年には兄弟の旧友エマニエル、ハーマン・ステンバーガーを招き、“Revelation Mill” というフランネル生地の工場を設立します。



そして、1902年にはコーングループ最大にして、世界最大の地位を1世紀近く保った 2つ目のデニム生産会社、ホワイトオークコットンミルズを設立します。10の倉庫にはそれぞれ違う種類のコットンが収納され、工場には強力な織機の列が所狭しと並びました。名前の由来は、(まんま)敷地内で育った巨大なホワイトオークの木から取ったそうです。そして1905年までにはすべてのコットンはインディゴブルーのものとなります。
1908にモーゼスが51歳で亡くなると、実質的に弟のシーザーが全権を握るようになります。そして、1912年には4つ目の会社プロキシミティプリントワークス(Proximity Print Works)を設立します。同じくフィニッシングを手がけ、南部でははじめての色彩豊かなプリントを施したコットンを新しい製品として打ち出していきます。コーングループはこの時点で、従業員にとってただの職場ではありませんでした。生活のすべてといっても過言ではなかったに違いありません。コーン兄弟を長とする家父長制、もしくは全体主義という人もいたといいます。彼らは工場の周りに家族用の家や独身寮を建て、コーン村を建設、会社の牧場で牧畜を営みデイリーフードや、肉なども提供しています。各村には1つの学校を設け、教会用の土地なども提供していました。 2つのYMCA(Young Men's Christian Association)は労働の疲れを癒すためのレクリエーションに使われ、福祉オフィスでは社会福祉相談員や看護婦が常任さられました。そんな、コーングループは結束が強く事業は順調に繰り広げられていきました。 1914年、第一次世界大戦の敵味方、両方に製品のおろしています。(1917年からはアメリカ軍のみに絞り) 1915年にはリーバイスの生地の供給が始まり、ここからは皆さんのご存知のとおりです。



もちろん、縫製もすべてアメリカ製、特徴的なのはスレーキ部分まで大きくはみ出す細長いウォッチポケット、もうすでに懐中時計が入る幅ではないので、コイン用、もしくは、よく使う右フロントポケットの補強、と考えて大丈夫だと思います。リーバイスに卸し始めたばかりなので、セルビッチは識別用の色のついたラインの入らないタイプ(白耳)、リベットはうち抜き型が使われています。
ボタンはすべて、真ん中がへこんでいるものが使われ、トップボタンサイドにはVステッチなし、フライボタンは社名入りのものではない物が使われています。バックポケットのリベットは当然むき出し、アーキュエイトはかなり下に入っています。もちろん2本針ではなく 1本針で2本ステッチを入れているため、2本のステッチは並行ではなく味わい深い仕上がりになっています。バックポケットの角の部分ですが、ミシンで一気に縫われたように、角がありません。通常5角形に縫われている角部分が丸みを帯びて、逆に生地は5角形なので、生地が少し浮いている感じになります。
シンチバックは初期の原始的なものが使われ、ピン針に改良していただけます。おそらく長く使っていただくと、この浮いた感じが特徴的になってくると思います。プライスタグとギャランティチケットのみがついた仕様で、当然不ラッシャーはこの次期のものには付属しません。ギャランティチケットの表示は。“FOR OVER 40YEARS”もちろん“THEY ARE MADE OF SELECTED NINE ONCE AMERICAN DENIM”です。



※記念品のリーバイスリベットのついたディスプレー用のタテが付属します。




Levi's Vintage Clothing 1915 501XX Cone Mills Colab Rigid(Madein USA)


[Size] W30L34/W32L34/W34L34


[素材]100% Cotton


[生産国]アメリカ製


[商品価格]29000円(208.00 EUR)


[送料]3200円(日本全国一律)*空輸書留便にてバルセロナより発送


http://doshaburi.shop.multilingualcart.com/goods_ja_eur_1493.html




2009年8月29日土曜日

Ann Demeulemeester 09FW入荷




[DOSHABURI DOSHABURI Online store]
http://doshaburi-jp.ocnk.net/



DOSHABURIの姉妹店 DOSHABURI DOSHABURIにアンドゥムル・メステール 09/10 AWが
入荷しています!! 先にオープンした英語版に続き、先週日本語版もついにオープン!

パリコレで20年近く活躍するデザイナーで、説明は必要ないとの思いますので、あえて
主観でいうと、ご存知 “アントワープ6” の中でもロマンティックな印象を与える
女性デザイナー、今現在女性デザイナーでメンズを手がけているデザイナーの中では
最も好きなデザイナーです。
本人も過去のインタビューで語っているとおり、“ロック”を根底のコンセプトにしている
ブランドですが、後発の同じコンセプトのブランドも含めて、アンに適うブランドはなかった
と思っています。
今まで、ランウェイショー10年以下のいわゆる新進のデザイナーをピックアップしてきた
DOSHABURIですが、そういったデザイナーにも大きく影響を与えつづけてきたデザイナー
の一人で、1ジャンルのパイオニアとして個人的にとても好きなデザイナーです。
今期の入荷は、ゴートファーの毛皮ベストや、真冬でも暖かいニットコート、その他,
使いやすいブラックジーンズ,アクセサリー類も入荷しています。




Ann Demeulemeester Knit Coat Eleanor Black



[サイズ] One Size



[素材] 70% Virgen Wool 30% WS



[商品価格] 176610円


[送料] 7900円 (日本全国一律)*空輸書留便にてバルセロナより発送


http://doshaburi-jp.ocnk.net/product/39





ANN DEMEULEMEESTER Shirt w/Tie Gratte Ecru Natural



[素材] 100% Cotton



[送料]2800円(日本全国一律)*空輸書留便にてバルセロナより発送



[商品価格] 33500円


http://doshaburi-jp.ocnk.net/product/2






Ann Demeulemeester Leather Belt Lucido Mahony w/Concho



[素材] 100% Leather



[送料]3200円(日本全国一律)*空輸書留便にてバルセロナより発送



[商品価格] 47130円


http://doshaburi-jp.ocnk.net/product/35




2009年8月6日木曜日

New Store DOSHABURI DOSHABURI Open!!


DOSHABURI DOSHABURI オープン!!




突然ですが!バルセロナDOSHABURIの2店舗目、DOSHABURI DOSHABURIが同じくバルセロナのBoeneという地区にオープンしました。小さなこじんまりしたお店ですが、今後ともよろしくお願いします!!

バルセロナDOSHABURIも、おかげさまで今年の秋冬をもって開店5周年になります。いままで、個人的に
好きなセレクションでやってきましたが、色々な意味で1店舗で納まりきらなくなったこともあり、
2店舗に分けることなりました。

DOSHABURI DOSHABURIの2009秋冬、1stシーズンのセレクションはこんな感じです!

Ann Demeulemeester 
Christian Wijnants
ANN-SOFIE BACK
Petar Petrov
Ute Ploier
Awareness and Consciousness

洋服クレイジーの私たちにとっては、まったく違ったコンセプトのことが出来るほど器用ではないため、
コンセプトはDOSHABURIと同じで、同じコンセプト内からの違ったアプローチと考えていただけると幸いです。

オンラインストアに関しても、DOSHABURIのほかに、新しくDOSHABURI DOSAHBURIのオンラインストアがオープン。今のところ、英語サイトのみになりますが、近日中にDOSHABURI DOSHABURIの日本語サイトもオープン予定。
ショッピングカートのシステムが違うため、もしも、DOSHABURIの商品とDOSHABURI DOSHABURIの商品をまとめて購入されたい場合は、それぞれのサイトでそれぞれご注文をしていただくことになりますが、お支払いおよび同時に発送することは可能です!

DOSHABURI DOSHABURI Web store http://doshaburi.ocnk.net/